Tucci Rainのオリジナル曲17曲目として制作した『玄関の革靴』、そして18曲目の『初めての部屋』。
この2曲は、描いている物語こそ異なりますが、どちらにも「家族」「別れ」「旅立ち」、そして「それでも自分の足で歩いていく」という共通したテーマがあります。
『玄関の革靴』は、ある一足の黒い革靴を通して、もう伝えることのできない「ありがとう」を描いた歌。
一方の『初めての部屋』は、家族のもとを離れて一人暮らしを始める若者を通して、寂しさを抱えながらも新しい人生へ踏み出していく姿を描いた歌です。
どちらも、私自身の記憶や経験が創作のきっかけになっています。
ただし、実際に起きた出来事をそのまま歌にしたわけではありません。
いくつかの記憶や感情を重ね合わせ、そこから一つの物語として作り上げています。
今回は、この2曲の歌詞にどんな想いを込めたのか、そしてどのようにして作品が生まれたのかをご紹介します。
Table of Contents
17曲目『玄関の革靴』――一足の靴に託された母への想い
『玄関の革靴』で描いているのは、一足の黒い革靴をきっかけに、亡くなった母親への感謝を思い出す男性の物語です。
歌の冒頭では、入学式の朝、母親が息子のために選んだ革靴を渡す場面から始まります。
入学式の朝 選んでくれた
黒い革靴 少し大きくて
ブランドのことなど 知らなかった
ただ「歩きやすい」と 笑っていた
高価なブランドの革靴だったのかもしれません。
けれど、当時の主人公は、そんなことを知りませんでした。
母親は、その靴がどんなものなのかを知ったうえで、これから歩いていく子供のために選んでくれた。
それでも主人公にとっては、ただ「少し大きくて、歩きやすい靴」でした。
この曲で「革靴」をモチーフにしたのには理由があります。
靴は、人が人生を歩いていくときに身につけるものです。
そして、親が子供のために選んだ靴には、「これから自分の人生を歩いていってほしい」という、言葉にならない願いが込められているようにも思えます。
歌の中では、主人公が革靴を見るたびに、母親の声を思い出します。
黒い革靴を 見るたびに
あの日の声が 聞こえてくる
「ちゃんと育った」と
一度だけでも 伝えたかった
ここにあるのは、母親への感謝です。
でも、その感謝は、生きている間には十分に伝えることができなかった。
だからこそ、「一度だけでも伝えたかった」という言葉が残ります。
そして曲の終盤では、主人公自身がこう語ります。
「ちゃんと育った」と
今なら胸を 張って言える
時間が経ったからこそ、ようやく言えるようになった言葉です。
『玄関の革靴』は、母親を失った悲しみだけを歌った曲ではありません。
時間が経って初めて気づく愛情。
そして、もう直接伝えることのできない「ありがとう」。
その想いを、一足の黒い革靴に託した歌です。
『玄関の革靴』の創作のきっかけ――二つの記憶から生まれた物語
この曲には、私自身の人生の中で心に残っていた、いくつかの記憶が創作のきっかけになっています。
その一つは、身近な人を亡くした人に、何と声をかければいいのか分からなかった経験です。
大切な人を失った悲しみを前にすると、どんな言葉も簡単には届かないように感じることがあります。
「大丈夫」と言うこともできない。
「頑張って」と励ますこともできない。
ただ、その人の悲しみを前にして、自分には何もできないと感じる。
そんな経験が、心の中に残っていました。
そしてもう一つ、この曲の背景には、私自身が母との別れを経験したことがあります。
長い時間の中で距離が生まれ、十分に言葉を交わすことができないまま、後になって母の死を知りました。
そのとき心に浮かんだのは、
「もっと話しておけばよかった」
「ありがとうと伝えたかった」
という、後から生まれてくる想いでした。
『玄関の革靴』は、こうした複数の記憶や感情を重ね合わせ、母子の物語として作ったフィクションです。
そのため、歌詞の中の出来事がすべて実際に起きたわけではありません。
それでも、そこに込めた「伝えられなかった言葉」や「後になって気づいた愛情」は、私自身が人生の中で感じてきたものです。
実体験をそのまま歌にするのではなく、記憶の断片から別の物語を作る。
それも、私がオリジナル曲を制作するときの一つの方法なのだと思います。
18曲目『初めての部屋』――一人暮らしを始める息子へのエール
『玄関の革靴』に続いて制作した18曲目が、『初めての部屋』です。
この曲の主人公は、大学進学をきっかけに家族と離れ、一人暮らしを始めた若者。
初めて自分だけの部屋を持ち、誰にも邪魔されない自由を手に入れた一方で、これまで当たり前だった家族の声が聞こえなくなった夜を描いています。
歌は、こんな場面から始まります。
段ボールの向こうに 見慣れない窓
静かな冷蔵庫が ひとつ うなってる
知らない街の音が 壁を伝って
今夜だけは 誰の声もしない
引っ越したばかりの部屋。
まだ家具も少なく、段ボールが残っている。
冷蔵庫の音だけが聞こえる静かな夜。
そんな情景から、一人暮らしを始めたばかりの若者の心細さを表現しています。
そして、ふと実家での食卓を思い出します。
『おかえり』も「お休み」も
当たり前だと思ってた
家族と一緒に暮らしているときには、それが特別なことだとは思いません。
「おかえり」と言ってもらえること。
「お休み」と声をかけてもらえること。
毎日の何気ない会話。
それらは、失って初めて、その大切さに気づくものなのかもしれません。
しかし、この曲は寂しさだけで終わりません。
これが一人ということ
がらんとした部屋の真ん中で
寂しさごと 抱きしめて
それでも歩いていく
一人であることを受け入れ、その寂しさも自分自身の一部として抱えながら、前へ進んでいく。
それが『初めての部屋』の大きなテーマです。
『初めての部屋』は、始まりの夜
曲の中盤では、一人暮らしの部屋で古い写真を見つける場面があります。
古い写真が 出てきた
笑ってる君の 隣で
少しだけ 指がとまって
忘れたいのは 君じゃなくて
弱かった僕自身だと 気づいていく
ここでは、過去の恋愛や、自分自身の弱さにも向き合います。
一人きりの部屋だからこそ、誰にも隠すことのできない自分自身と向き合う時間が生まれる。
そして夜が深くなっていく中で、主人公は少しずつ前を向き始めます。
それでも不思議と 前を向ける
これは始まりの 夜だから
この一節が、この曲の大きな転換点です。
一人暮らしを始めた最初の夜は、人生の中では小さな出来事に見えるかもしれません。
しかし、その夜は同時に、「自分の人生を自分で歩き始める夜」でもあります。
だから、曲の最後には朝がやってきます。
ひとりの夜を 自分の朝に変えていく
この言葉には、「寂しさをなくす」のではなく、「寂しさを抱えたままでも前へ進む」という意味を込めました。
息子へのエールであり、自分自身へのエール
『初めての部屋』を作るとき、私は「家族を離れて一人暮らしを始める若者」の姿を思い浮かべていました。
子供が初めて一人で暮らすとき、親から見れば心配なことがたくさんあります。
ちゃんと食べているだろうか。
寂しくないだろうか。
困ったときに誰かに相談できているだろうか。
でも、どれだけ心配しても、最後には本人が自分の人生を歩いていかなければなりません。
それは、親として少し寂しいことであると同時に、子供の成長を信じることでもあります。
だから、この曲は一人暮らしを始める若者へのエールとして作りました。
「寂しくても大丈夫」
「不安でも、少しずつ前へ進めばいい」
「自分で新しい灯りをともしていけばいい」
そんな気持ちを歌にしています。
そして、この曲にはもう一つの意味があります。
それは、自分自身へのエールです。
私自身も人生の中で環境が大きく変わり、新しい場所で一人の生活を始めた経験があります。
慣れ親しんだ場所を離れ、簡単には戻れない場所で、新しい生活を始める。
そんな経験があるからこそ、
それでも自分で 歩いていく
という歌詞には、自分自身への言葉という意味も込めています。
誰かを応援する歌を作っているつもりが、いつの間にか自分自身も励ましている。
『初めての部屋』は、私にとってそんな曲になりました。
『玄関の革靴』と『初めての部屋』をつなぐ「歩く」というテーマ
『玄関の革靴』と『初めての部屋』は、物語だけを見ると大きく違う作品です。
『玄関の革靴』は、過去の記憶と大切な人への感謝。
『初めての部屋』は、新しい生活と未来への旅立ち。
しかし、この2曲には共通するモチーフがあります。
それが「歩く」ということです。
『玄関の革靴』では、母親が選んでくれた革靴を履いて、その後の人生を歩いていきます。
そこには、親から受け取った愛情を胸に、人生を歩き続ける姿があります。
一方、『初めての部屋』では、家族のいる場所を離れ、一人の部屋から新しい人生を歩き始めます。
過去を振り返りながらも、最後には自分自身の朝へ向かって歩いていく。
つまり、この2曲は、
「大切なものを胸に抱えながら、自分の足で人生を歩いていく」
というテーマでつながっています。
過去への「ありがとう」と、未来への「これから」。
その二つを、17曲目と18曲目という連続した作品の中で描いてみました。
『初めての部屋』では、歌声にも新しい試みを
『初めての部屋』では、楽曲そのものだけでなく、ボーカルにも新しい試みを取り入れています。
今回は、AIペルソナ歌手の歌声に、私自身の地声の要素を少しだけ加えました。
若者らしい歌声をベースにしながら、自分自身の声が持つ独特の音感をわずかに重ねることで、これまでとは少し違った響きを目指しています。
AIを使ってオリジナル曲を制作していますが、私にとってAIは「何もないところから作品を作ってくれる存在」というよりも、自分の中にある物語や感情を音楽という形にしていくための制作手段の一つです。
記憶から生まれた物語。
そこに込めた言葉。
そして、それをどんな歌声で届けるのか。
そうした一つ一つを考えながら、Tucci Rainの音楽を作っています。
過去への感謝と、未来への旅立ち
『玄関の革靴』では、もう直接伝えることのできない「ありがとう」を歌いました。
『初めての部屋』では、孤独を抱えながらも、新しい人生へ歩き始める人へのエールを歌いました。
一つは過去を振り返る歌。
もう一つは未来へ進む歌。
けれど、どちらにも共通しているのは、「それでも歩いていく」という想いです。
人生には、どうしても戻ることのできない時間があります。
もう伝えることのできない言葉もあります。
そして、一人で乗り越えていかなければならない夜もあります。
それでも、過去に受け取った愛や記憶を胸に抱きながら、少しずつ前へ進んでいく。
そんな人生の一場面を、私はこの2曲に込めました。
もし『玄関の革靴』や『初めての部屋』を聴いて、ご自身の家族や、大切な人との思い出、一人で新しい生活を始めた頃のことを思い出していただけたなら、作者としてこれほどうれしいことはありません。
Tucci Rainの音楽が、誰かにとって自分自身の記憶を思い出す小さなきっかけになればと思っています。

