Tucci Rain『コーヒーカップの魚』『放課後のチャイム』に込めた想いと制作秘話

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夕暮れを見つめる女子高生

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15・16作目は「記憶」をテーマにした姉妹作品

コーヒーカップの魚』と『放課後のチャイム』は、私にとって「記憶」をテーマにした姉妹のような作品です。どちらも壮大な物語を描いた楽曲ではありません。むしろ、人生の中で誰もが一度は経験したことのある、ごくありふれた時間を切り取っています。

最近の音楽は刺激的な展開や強いメッセージが求められることも少なくありません。しかし私は、何十年経っても心の奥に静かに残り続ける「何気ない思い出」こそ、人を一番優しく動かす力があるのではないかと考えています。

今回の2作品は、それぞれ異なる時代を描きながらも、「あの日に戻ることはできない。でも、その記憶は今も心の中で生き続けている」という共通したテーマを持っています。

『コーヒーカップの魚』に込めた想い

『コーヒーカップの魚』は、幼い子どもと過ごした穏やかな午後を描いた作品です。舞台となるのは、木漏れ日が差し込む古い洋館の喫茶室。蓄音機から流れる音楽や、ケーキとコーヒーの香りが、ゆっくりとした時間を演出しています。

この作品の原点には、加藤久仁生監督のアニメーション作品『或る旅人の日記』第二話「真夜中の珈琲屋」との出会いがあります。作品の中に登場する印象的なワンシーンに心を動かされ、「もしあの幻想的な世界観を、自分なら音楽で表現するとしたらどうなるだろう」という思いが、この楽曲の出発点になりました。

もちろん、本楽曲はその物語を音楽化したものではありません。作品から受け取った空気感や温もりを出発点としながら、親子の記憶という新しい物語として描き直した、私自身のオマージュ作品です。

タイトルにもなっている「コーヒーカップの中から魚が跳ねるかもしれないね」という一節は、現実と空想が自然につながる子どもの世界を象徴しています。大人にとってはあり得ない出来事でも、子どもにとっては、それがごく当たり前の「魔法」です。そんな何気ない会話や笑顔が、人生で最もかけがえのない記憶になる――この曲には、そんな想いを込めました。

そして、この物語には私自身の人生も少し重ねています。現在はさまざまな事情から、子どもたちと以前のように同じ時間を過ごすことがある時期からできなくなりました。だからこそ、あの頃は当たり前だった何気ない日常が、今では何ものにも代えがたい宝物として心に残っています。

その思いが最も表れているのが、Bridgeの歌詞です。

もしもあの日が  続いていたら
どんな明日を 描いていただろう
戻れないなら せめてこの歌に
あの光だけを 閉じ込めておきたい

この部分は、「過去へ戻りたい」という願いを歌っているのではありません。戻ることはできなくても、あの日々の温もりだけは失いたくない。その大切な記憶を音楽という形で残しておきたい――そんな私自身の願いを、この歌詞に込めました。

この曲を聴いた人が、それぞれの人生の中にある「もう戻れないけれど、今も心を照らしてくれる時間」を思い出していただけたなら、作り手としてこれ以上嬉しいことはありません。

『放課後のチャイム』に込めた想い

『放課後のチャイム』は、私自身の学生時代の記憶をもとに生まれた作品です。ただし、すべてが実体験というわけではありません。実際に経験した出来事や当時の感情を土台にしながら、一部にフィクションを織り交ぜ、一つの物語として描いています。

この曲の冒頭に登場する「放課後に流れる優しいピアノ」は、私が小学生だった頃の思い出です。放課後になると校内放送から穏やかなピアノ曲が流れ、その旋律を耳にするたびに、不思議と心が惹かれていきました。その憧れは中学生になるとさらに大きくなり、家にあった誰も弾かなくなったピアノに夢中で向かうようになります。楽譜を広げて何度も鍵盤に触れ、時間を忘れて音を追いかけた日々は、今でも私の音楽の原点になっています。

歌詞の後半では、野球や弓道の風景が描かれます。野球は実際に汗を流した中学時代の記憶であり、弓道は高校時代の思い出がもとになっています。特に「隣に立つ君の白い袖」や「言葉にできないときめき」は、当時の淡い恋心から着想を得ていますが、その描写には物語としての脚色も加えています。現実の出来事をそのまま描くのではなく、当時感じていた切なさや胸の高鳴りを、一つの青春の情景として表現しました。

学生時代を振り返ると、当時は当たり前だった毎日が、今では二度と戻ることのできない宝物だったと感じます。放課後のチャイム、グラウンドの歓声、ピアノの音色、そして夕焼けに染まる帰り道――この曲には、そんな何気ない日常への感謝を込めました。

もしこの曲を聴いて、「自分にもこんな放課後があったな」と、それぞれの青春を思い出していただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

2曲に共通するテーマ

『コーヒーカップの魚』と『放課後のチャイム』は、登場人物も舞台も異なりますが、根底には共通するテーマがあります。それは、「何気ない日常こそが、人生で最も大切な思い出になる」ということです。

『コーヒーカップの魚』では、幻想的な映像作品との出会いをきっかけに、自分自身の記憶や感情を重ね合わせ、新しい物語として再構築しました。一方、『放課後のチャイム』では、自らの学生時代の記憶をもとに、多くの人が共感できる青春の風景を描いています。

どちらの曲も、過去をそのまま再現することが目的ではありません。過去の出来事や作品から受けた感動を、自分なりの視点で新しい物語へと育てることを大切にしました。だからこそ、聴く人それぞれが自分自身の思い出と重ね合わせ、「自分にもこんな時間があった」と感じてもらえたなら、作り手としてこれ以上嬉しいことはありません。

Tucci Rainがこれから描いていきたい音楽

私はこれまで、さまざまなテーマでオリジナル曲を制作してきましたが、近年は「記憶」や「時間」を軸にした作品づくりに強く惹かれています。人の心に長く残るのは、派手な演出よりも、静かに共感できる物語だと感じているからです。

制作にはAIを活用していますが、AIはあくまでも表現を形にするための手段です。作品に込めたい感情や伝えたい景色は、私自身が経験し、考え、感じてきたものです。

これからも、誰かの人生の一場面にそっと寄り添えるような音楽を届けたい。そして、何年後かにもう一度聴いたとき、「あの頃を思い出す一曲だった」と感じてもらえる作品を作り続けていきたいと思っています。

ツッチー

副業Webデザイナーです。

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